自閉症児のいる父子家庭なのかな

妻は重度の意識障害で入院中、子どもは自閉症スペクトラム障害のパパのブログです。

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2016/05/21

不登校の状態で卒業、全寮制の中高へ入学、順調な滑り出し

不登校となっていた子どもたちは、他の生徒・児童たちが体育館で普通の卒業式を行った後に、別室で校長先生から卒業証書を授与されました。
最後の1年は出席日数がほぼなかったのに、卒業できてしまうことが不思議でした。

それに先立って、生野学園という全寮制の中学・高等学校から入学許可を得ていました。そして、4月に無事入学することができました。
 
高校を選ぶときの条件となる、息子の事情は以下のとおりでした。
・ほぼ3年間、不登校でテストを受けなかったため内申点がない
・中学校での勉強をほぼしていなくて普通の高校の授業はわからない
・仮に通信制高校に入学しても続けていくモチベーションはなさそう
・中学校への通学に電車を使わなければならなかったが電車への拒否感が強くて年数回のスクーリングさえも困難

中学校の先生からは色々な高校の資料を頂いていましたが、その中に通信制と全寮制の学校がいくつかありました。入学した時のイメージが少しでもついて、比較できて、好きな学校だという印象を作れるように、それぞれのオープンキャンパスや体験授業に参加させました。

1月初旬に子どもと話し合った結果、兵庫県の山の中にある、不登校を経験した生徒を対象とした、フリースクールっぽい全寮制の高校である生野学園高等学校が最適だという結論になり(その結論に至るよう介入しました^^;)、2月の体験入学を経て、4月の入寮、入学となりました。

寮生活への不適応を心配していましたが、入学から1ヶ月が経過した現在は、驚くくらい順調に高校生活を営んでいるようです。
不登校だった中学3年生の時には、友達が家にほとんど来なくなり、外食をするとき以外には家を出なかった息子が、今は先輩と放課後に体育館で汗を流していたり、寮の外に散歩していたりと、元気にやっていることをLINEで報告してくれるようになりました。

若い人は適切な環境に置くと、変われるのだなあと思いました。

ただ、この高校に入学したら確実に変われるとは思ってはいませんでした。
入寮すること自体が困難という子供もいます。
不登校の子を持つ親御さんは「親がここまで頑張って環境づくりをしているのに、なぜこの子は登校できないの?」という経験はたくさん積んでこられたことだろうと思います。私自身がそうでしたから、入学させても家に戻ってきてしまうことはある程度覚悟していました。

娘も中学の方に入学させていただきました。
こちらは兄と違って寮でなければならないという条件はなかったのですが、地域の中学は小学校の友達がいるからダメだそうで、市内の不登校の生徒が通う中学に通わせても自宅の方が楽なために不登校に戻る可能性がありました。
兄と一緒なら(男子寮・女子寮と別れてはいても)寮生活をやっていけるだろうということで中学に入学させました。
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2015/12/28

前回の記事投稿から2年以上経過して

妻はあまり変わりません。入院してから6年半以上が経過しましたが、生命の状態は問題ないそうです。
妻の母(私の義母)が1年半前に亡くなったのですが、それを妻に伝えることができないもどかしさがありました。
相続に伴い、私が妻の成年後見人になりましたが、相続の手続がまだ終わりそうにありません。

長男は中学3年生でほぼ学校には行かず、受験勉強のせいか友達が家に来なくなりました。
長女は小学6年生で5年生の秋から不登校になりました。
せめて長女だけは登校を再開させたかったのですが、かなり強引に小学校へ連れて行っても連続して学校に行くことはなく、小学6年生になったときから学校には少しの回数しか行けませんでした。
2人とも健康状態は良好です。そして来春で進学となります。
不登校を経験した子供を対象とする他県の学校に行かせる予定ですが、もし行けない場合には通信制高校と市内の不登校を経験した子供を対象とする中学校に行かせることになります。

私は毎日うつ病の薬を飲んでいますが、Ingressというスマホゲームを遊ぶことで歩く距離が大幅に増えて、少し健康を取り戻しました。

2013/07/19

中学1年の6月下旬から不登校のまま夏休みに突入

中学1年で高機能自閉症の長男が不登校になりました。
詳しい経緯は書きませんが、ある時期から登校中に便失禁をして帰宅してしまうことが何度も続きました。
泣きながら私の携帯に電話してくるので「落ち着いたら遅れてもいいので学校に行きなさい」と返事をし、帰宅してから聞くと「遅れて学校に行った」と返事をします。
しかし、後になって担任の先生に聞くと、学校には行ってなかったとのこと。
そういうことが何度かあった後、ある日からは中学校から私の携帯に「登校してきていません」と連絡があり、家に戻ると本人がベッドで寝ていました。
その後は朝になるとすぐ鍵を閉めてトイレにこもってしまい、そのまま私が出勤して時間が過ぎると出てきて登校しないことがずっと続きました。
今は学校に行くようには言っていません。そうすると、朝起きてすぐトイレに閉じこもることはなくなって来ましたが、午前中はずっと寝るようになりました。
この状態で、夏休み突入となりました。

2013/04/17

長男の中学入学まで&父の死

高機能自閉症の長男が中学に入学するための準備は他の人よりも出遅れましたが、なんとか挽回するべく、6年の担任の意見を聞いて、担任から中学に案件として引き継いでもらう手はずを整えました。

具体的には、昨年4月に行った心理の検査結果や、診断を受けてきた機関からの意見書を3月頃に担任に渡しました。
また、小学校の先生たちは、長男には中学での通級指導が必要だという認識をお持ちでした。
そこで、私は中学の通級指導の先生にお会いして色々と伺ったりお願いしたりということもありました。

今は4月半ばですが、1度だけ長男がパニックに近い状態で泣いているところを中学の担任の先生に見てもらったので、長男が一筋縄ではいかない生徒だということを感じてもらったのではないかと思います。
そろそろ通級の申し込みをした方がいいかなと思っているところです。


話は変わりますが、入院していた父が昨日未明に亡くなりました。病院から夜中に電話があり、高速道路を車で走って行って母とともに死を看取りました。
葬式の喪主は私で、昨日には通夜を行い、今日は告別式を終えました。
普通なら世話役等がいて喪主が参列者に応対をしたり葬儀社との打ち合わせをしたりしてくれるところですが、近親者のみで簡素に葬儀を行うという方針をとったため、葬儀社の人の手助けを受けながら、喪主である私が全ての進行を行いました。2日間で自宅と実家の間を高速道路で3往復し、とても疲れて帰って来たところです。

私は長男として、父親の死後にやるべきことをやりましたが、やっていくうちに自分は父の死に悲しみを感じていないことに気づきはじめました。自覚した後、忙しさのために悲しむ暇がなかったのかと思って自分の心のなかを探しましたが、一片の悲しさもありませんでした。
その原因として、自分はアスペルガー症候群か高機能自閉症であるために一般人なら持っているべき感情を持ち合わせていないのか、あるいは解離性障害かとも疑いました。しかし、そうだとすると自分の母が死ぬことを想像すれば悲しさを容易に感じられることと矛盾しますので、これは父の死の場合についてのみ起こる症状であると結論づけました。

喪主として即興で挨拶をしたときには父の性格についてオブラートで包み隠しましたが、ひどい父親でした。
子供である私にとっての父は、育ててくれた恩を感じるべき対象としての親であることに先んじて、家庭内にあって自分をもっぱら精神的に抑圧する人という位置づけがなされる人でした。
私が父に対して最初に反抗できたのは社会人になってからで、実家で喧嘩して出て行くことにしました。
一切の縁を切りたかったのですが、主に母が会いに来ていたので縁は切れていませんでした。
元気な頃は俺はぽっくり死ぬんだと言っていましたが、アルツハイマーの症状で交通事故を起こしてもまだ車に乗りたがったり(免許を返納させることに苦労しました)、迷子になって警察にお世話になっても開き直ったり(警察から引き取りに来いとの連絡が私にきました)、自分にとっては死ぬまで迷惑な人でした。

2013/01/01

中学校入学前の年の変わり目に

現在、長男は小学6年生です。
冬休み前に、担任の先生と保護者である私とで個人面談がありました。
話の内容は以下のとおりでした。

・授業中はサポートの先生についてもらっている。
・他の児童の1割程度でもいいから宿題を提出するように言っているが、全然提出されていない。
・テストをゆっくりやりすぎて他の児童よりも時間が多くかかり、参考点にしかならないため点数が付けられない。

そこまでひどかったのかと内心びっくりしました。
家では宿題をするように毎日のように言っているのですが、どこまでできているのかという確認を怠っていました。

さらに、担任の先生は「中学入学にあたって、中学校に引き継いでおきたいことは何でしょうか」と聴いてこられました。
私は、ほんの少しの間をおいて「いじめられないように(してほしい)」と答えました。
担任の先生も少し思案するような面持ちをしてから「難しいですね」と答えられました。

まだ始まってもいない中学でのいじめについて、前もって「難しい」という評価がされることは異常なことだと思います。
先生の話によると、以前にアスペルガーの児童がいて、中学の先生にしっかり引き継いだにも関わらず、他の先生が担任になったため、中学では障害に全く配慮されなかったということがあったのだそうです。
今回はそのようなことがないように、心理検査を行い、その結果を医師から中学に書面の形で伝えてもらうことで、前回のような引き継ぎ漏れを防止したいとのことでした。
個人面談は冬休み前の押し迫った時期に行われましたので、正月を迎えた今の時点でも、担任の先生がおっしゃるような中学入学に向けての準備は一部しかできていません。
他の保護者の方たちはすでに中学入学への準備を整えているようで、正直に言って「出遅れたな」と思います。

学校の成績を上げるためのプレッシャーはかけないよう、塾などに行かせず、本人にとって楽な環境で円満な人格を作って欲しいと思って育ててきましたが、勉強ができないことで仲間はずれにされていじめられるようでは意味がありません。
家に帰ってから、長男と長女(娘も宿題が提出されていないと言われました)に対して、今日の宿題は問題集のどこからどこまでで、どこまでできているのか逐次報告するように強い調子で求めました。
長男は、できない宿題を私に見せることが怖かったようです。
それを強い調子で「ここに問題集を置け!」といって、解き方を手取り足取り教えて、正解にたどり着かせました。

以上が長男の現況です。

私の他の家族についても大きな出来事がありました。

私の実父がアルツハイマーで、迷子になって帰らないことが続き、実母が軽い認知症と抑うつ症状を見せたため、私が実父を半強制的に入院させました。
その父が病院で肺炎にかかったり治ったりを繰り返しています。
母の物忘れがひどくなったため、実家を離れている私が実家まで行き、連れ添って通院するようになりました。

これにより、実の両親と妻と子どもたちのあわせて5人の生き方を私が1人で決めることになりました。
実母との同居はいろいろな事情があってできませんが、そうであっても話し相手になる等の面倒を見なければなりません。
それでも仕事はやめずに、料理から育児まで家事を独りで行なっています。
通院している心療内科の先生には、妻が入院した時以来の「ご心情をお察しします」という言葉をいただきました。

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プロフィール

Author:あおの
50歳周辺の父親です。
妻は重度の意識障害で入院中、長男(15歳)は高機能自閉症で、長女(12歳)は自閉症の疑いがあります。

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