自閉症児のいる父子家庭なのかな

妻は重度の意識障害で入院中、子どもは自閉症スペクトラム障害のパパのブログです。

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2013/04/17

長男の中学入学まで&父の死

高機能自閉症の長男が中学に入学するための準備は他の人よりも出遅れましたが、なんとか挽回するべく、6年の担任の意見を聞いて、担任から中学に案件として引き継いでもらう手はずを整えました。

具体的には、昨年4月に行った心理の検査結果や、診断を受けてきた機関からの意見書を3月頃に担任に渡しました。
また、小学校の先生たちは、長男には中学での通級指導が必要だという認識をお持ちでした。
そこで、私は中学の通級指導の先生にお会いして色々と伺ったりお願いしたりということもありました。

今は4月半ばですが、1度だけ長男がパニックに近い状態で泣いているところを中学の担任の先生に見てもらったので、長男が一筋縄ではいかない生徒だということを感じてもらったのではないかと思います。
そろそろ通級の申し込みをした方がいいかなと思っているところです。


話は変わりますが、入院していた父が昨日未明に亡くなりました。病院から夜中に電話があり、高速道路を車で走って行って母とともに死を看取りました。
葬式の喪主は私で、昨日には通夜を行い、今日は告別式を終えました。
普通なら世話役等がいて喪主が参列者に応対をしたり葬儀社との打ち合わせをしたりしてくれるところですが、近親者のみで簡素に葬儀を行うという方針をとったため、葬儀社の人の手助けを受けながら、喪主である私が全ての進行を行いました。2日間で自宅と実家の間を高速道路で3往復し、とても疲れて帰って来たところです。

私は長男として、父親の死後にやるべきことをやりましたが、やっていくうちに自分は父の死に悲しみを感じていないことに気づきはじめました。自覚した後、忙しさのために悲しむ暇がなかったのかと思って自分の心のなかを探しましたが、一片の悲しさもありませんでした。
その原因として、自分はアスペルガー症候群か高機能自閉症であるために一般人なら持っているべき感情を持ち合わせていないのか、あるいは解離性障害かとも疑いました。しかし、そうだとすると自分の母が死ぬことを想像すれば悲しさを容易に感じられることと矛盾しますので、これは父の死の場合についてのみ起こる症状であると結論づけました。

喪主として即興で挨拶をしたときには父の性格についてオブラートで包み隠しましたが、ひどい父親でした。
子供である私にとっての父は、育ててくれた恩を感じるべき対象としての親であることに先んじて、家庭内にあって自分をもっぱら精神的に抑圧する人という位置づけがなされる人でした。
私が父に対して最初に反抗できたのは社会人になってからで、実家で喧嘩して出て行くことにしました。
一切の縁を切りたかったのですが、主に母が会いに来ていたので縁は切れていませんでした。
元気な頃は俺はぽっくり死ぬんだと言っていましたが、アルツハイマーの症状で交通事故を起こしてもまだ車に乗りたがったり(免許を返納させることに苦労しました)、迷子になって警察にお世話になっても開き直ったり(警察から引き取りに来いとの連絡が私にきました)、自分にとっては死ぬまで迷惑な人でした。

≪ 中学1年の6月下旬から不登校のまま夏休みに突入ホーム中学校入学前の年の変わり目に ≫

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Author:あおの
50歳周辺の父親です。
妻は重度の意識障害で入院中、長男(15歳)は高機能自閉症で、長女(12歳)は自閉症の疑いがあります。

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