自閉症児のいる父子家庭なのかな

妻は重度の意識障害で入院中、子どもは自閉症スペクトラム障害のパパのブログです。

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2012/05/29

久しく更新しなかったことに恐縮しつつ、名前の変更などの報告です

名前を「まとめ」から「あおの」に変更しました。

1年以上更新していなかったので、その間に変わったことを報告します。

子供は長男が6年生、長女が3年生になりました。
長男は昨年の冬頃から集団登校の時間に間に合わなくなり、何時まで経っても家から出られなくなりました。
私が時間をかけて長男の様子を見てから、車で校門まで送ってから仕事に行くようになりました。
時には学校を休ませたりしていました。それが、春休みになるまで続きました。
しかし、6年生になった4月からは、一度も遅刻をしないようになりました。

学校に行きにくくなった原因は、今でも全くわかりません。
学校に行きにくい原因があるのであればそれを取り除きたかったのですが、「いじめられている?」「なにか学校で嫌なことがあるの?」と本人に聞いても「違う。しんどいだけ。」という返事しか帰って来ませんでした。
長男は、自分の思いや環境を、自分の言葉にして表現することが苦手なのだと思います。だから黙ってしまう。
その当時は「この子はこのまま不登校になるのかな」と大変心配しました。ただ、父親としては、この子が不登校でも学歴がなくても、何らかの形でお金を稼ぐ方法を示してやれそうな気がしましたので、完全に将来を悲観することはありませんでした。
登校を難しくさせている直接の原因を除けなかったので、方針転換をして、学校へ行くように背中を押してくれるものを探すことと、生活環境の改善を図りました。
まず、担任の先生には、朝の登校時間に我が家に電話をかけていただくようお願いしました。先生も、やはり原因がわからないと悩んでおられましたので、お忙しいなかでもご協力をいただけました。
次に、朝の体の調子がすぐれないのは低体温のせいではないかと考えて、なるべく早い時間に、電気毛布で寝かせました。
しかし、そのような対策をとっていても、あまり改善が見られないまま、春休みに入ってしまいました。
そして新学期からどうなることかと思っていたら、集団登校の時間に間に合うようになっていました。

妻の状態は相変わらず意識障害が重くて入院中です。今まで何の回復もなかったし、今後のことはわからないです。

実母は、父子家庭の支援をしてくれていたのですが、昨年の夏頃に終の棲家を決めて他県に引っ越した後、実父がアルツハイマーの症状により迷子になるなど大変な状態が続いたので支援をしてもらえなくなりました(私が断りました)。

義母は、気管支系の疾患により家を出ることが大変不自由になってしまったため、支援をしてもらえなくなりました(私が断りました)。

誰も支援をしてくれなくなったので、数ヶ月の間は家事全般が全くなされず、家の中は文字通り足の踏み場がなくなりました。どうしようもなくなってから役所と相談を重ね、居間と台所の片付けに人を寄越してもらう家庭支援サービスを週1回だけ受けるようになりました。
それ以外の家事は、なんとか自分でやっています。父子ともに健康ですが、スーパーのお弁当を夕飯にすることが多くなったため、ちょっと太り気味になったようです。


最後の投稿の後、色々とコメントをいただいていて、お返事をしてから更新しなければ…と思っていたらずっと更新できていませんでした。コメントを頂いた皆様には大変申し訳ありませんが、お返事がいつになるか自分でもわからないので、更新の方を先にさせて頂きます。

2011/03/17

生存報告です。

2011/02/09

初めて母親を叱る

実母が実家のことで鬱になりそうなのに我が家の世話をしそうになっていたので、「やめて」と言った。
それでもなにかと世話したがったので、「ちゃんと休みなさい」と叱った。
母が感謝しつつ帰っていた。

親も子も兄弟も姻族の人たちも含めて、一番しっかりしているのは自分。
自分の40歳代という年齢を感じた。

2011/01/13

10歳くらいでの発達段階

現在小学4年生で10歳の長男は、2年生で療育を卒業しました。
卒業という行事があったわけでなく、3年生の段階で療育をすべしという医師のオーダーやデイサービスの先がなくなってしまったので(多分もっと小さい人たちの方が切実と言うことなのでしょう)、療育が立ち消えになったというのが実際の所です。

それでも療育が無くなるということに不安を覚えた私は、医師になにか療育はないか、外部のリソースを求めたのですが、教育系の大学のソーシャルスキルトレーニングの集まりがあるようなことはいわれても、紹介ということもなく、結局療育はないままになりました。

現在の取り組みは、半年に一度、精神科の予約を取って、医師が子供と話(医師がインタビューをする形式)をし、その受け答えを見て、子供が出ていった後に父である私と医師とが話をするというのがすべてです。

先日も受診しに行って、息子の普段の様子について話をしました。学業の他、息子の友人づきあいで、一時期友達の所に行ったり尋ねて来てもらったりというのが途絶えた時期があったが、最近はまた交流が出きてきたこととか、私が少し意地悪っぽいことをすると、すねて見せるということが何度かあった、本来は意地悪っぽいことをしたら真正面から反抗するという反応がよいが、すねてみせるというのも自分の気持ちを表出する方法の一つなので、否定しにくいとか、まだ友人の境遇を察して配慮したり分かち合ったりすることはできないようだとか、そういう話をとりとめもなくしていたのですが、その後、医師はすまなさそうに「なにか療育があるということが言えればいいのですが、なにもできなくて。お話を伺って勉強させてもらっています。」と低姿勢になっておられました。

私は、「イヤもうこの年齢になると訓練的なものをするという段階ではないです。お話しをしていると息子の問題点が明確になっていいと思います。」と答えましたが、持ち上げられていい気になっていたように思います。

医師は、「息子さんは同世代と交流することで学んでいる時期です。この年齢の時に、友人(他人)に施すことが結局自分にとっても利益になるということがわかればよいですね。」という話をされました。

確かに、私が息子の年齢の時くらいは、友人と遊ばずテレビばかりを見ており、おごるということがいまだに自然にはできない(子供の友人にたこ焼きを買って上げるのにも大変迷ってしまう)ので、医師の言葉に深くうなずかざるを得ないのでした。

2011/01/05

赤ちゃんはどこで売っていますか?

女の子は妹が欲しいし、男の子は弟が欲しい。
ねだられてもねえ。

真面目に受け答えるのが面倒になったので、「赤ちゃん欲しいなあ、どこかに売ってないかなあ」とぼやいて見せた。「赤ちゃん売ってたら買おうか、買ったら世話しなきゃいけないよ。」

長女が乗り気になって「私が世話する?」
「うん、赤ちゃんはいつでもほ乳瓶でミルクを飲ませて上げなければいけないし、おむつの交換もあるからずっと世話している必要があるよ。世話してくれる?」と軽いノリで答える私。
長女「学校変わらなくちゃ…」
私「えー、学校なんて行ってられないよ。」
長女はあれこれつぶやいている。

ここで兄が「お父さんは冗談で言ってるんだと思う」と言って見せた。高機能自閉症の子は冗談がわからない(相手の言葉を文字通りにしか解釈できない)という特徴は、気心の知れた相手ではそうでもないのか、長男が軽度だから特徴が目立たないのかな。

長女がべそをかき始めた。

「いや本当に赤ちゃん売ってたら犯罪だから。」
ごめん。君がそこまで本気でとらえていたとは思わなかったです。


前回の投稿から4ヶ月が経過し、新年になってしまいました。

その間に、長男はすねてみせるという技を身につけ、長女は大の仲良しである近所の女の子と一生遊ばないと言いました。親を困らせるのが上手いですね。

この前、療育の場で話をしていたら、他のママから「ママをしているんだ」という感想をもらえたのが一番うれしい出来事でした。

老齢のために両親のサポートが徐々に減ってきましたが、子供の世話は減らないので、サポートが減った分を父である自分が背負う形になっています。ブログの更新ができないのもこのためですが、その一方でmixiのサン牧に相変わらずはまっていたりして、時間がないという言い訳はしにくいです。

また間が空くかもしれませんが、いつか更新しますので、よろしくお願いします。

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プロフィール

Author:あおの
50歳周辺の父親です。
妻は重度の意識障害で入院中、長男(15歳)は高機能自閉症で、長女(12歳)は自閉症の疑いがあります。

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